カテゴリー: 本・DVD等

  • MX Masterにマウスを変えた

    使っていたマウスのロジクールのPerformance MXで、チャタリングが起きたり、正常になったり、ということがあり、何回か発生したのでマウスを変えた。だいたい、7年くらいは使っただろうか。かなり長持ちしたと思う。

    新しいマウスもロジクールの高機能マウス。MX masterだ。グリップ感がちょっと異なるものの持ちやすくて、スムーズに移行できそうだ。あと、新しいマウスは、反応がいい。前も良かったが、MX Masterはさらにいい。進むボタンと戻るボタンになれてしまえば、文句はなさそうだ。あとは、スクロール時の高速スクロールがボタン制御だったのが、ある程度の自動になっているので、そこの感覚に慣れないと。大事に使おう。

  • 読了:未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために

    読了。面白かった。脱領土化と再・領土化の話とか。自分のカタチを認識しなくても、いきていくことはできるけれど、未知に踏み出したとき(旅行でも勉強でもなんでも)、いままで見えていなかったことが急に見えることがあるし、気がつくこともある。そういう気づきは大事。

    他にも、言葉は、機械と違って有機的という話。今年の大河ドラマで、「言葉は刃物ぞ。気をつけて使え」という名言もあったが、言葉にはカタチがないから、隙間からにゅるにゅると身体に入ってくる。それで、中に残りつづけるから厄介。力になるものもあれば、行動を邪魔するものもある。有機的で厄介だ。わかりあえるかどうかは別にして、うけてのカタチに合えばよいし、カタチがずれれば、わかりあえないのだろう。発話までのその人の「プロセス」次第で変わるし、発話は戻せないので、文章見たいに、途中で消して書き直しもできないのだから難しい。書いた文にしても、Twitterなどはコンテキストなき短文が一人歩きするわけだし、解釈は様々でなんとも難しい。

    何がいいたいかわからなくなってきたが、「未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために」を読んで、いろいろと感じる、考えることがある。人によって感じることは違うから、面白いと思うので読むといいと思う。

    あと、本の内容とは関係ないけれど、本の表紙のデザインがシンプルで綺麗だ。フォントと余白の使い方が好きだ。

  • LacieのUSB HDDをかった

    Mac miniにつけていたUSB HDDの容量が足りないのと、老朽化(5年ちょっと使った)したので、新しくLacieのHDDを買った。前は、LacieのHDDばかり買っていたのだが、なかなかいいモデルがなかったこともあり、10年くらいはWDばかり買っていた。今回は、Mac miniの見た目に合わせて、Lacieを購入した。

    買ったのは、USB 3.0のmicro Type-Bのケーブルでつなぐモデルだ。USB micro Type-Bのケーブルは、ものによってはグラグラして安定しないので、どうしようかと思っただが、前にUSB Type-CのSSDをMac miniに接続したときに、無線LANと干渉してネットワークが使えなくなった。そのSSDに、Mac OSをインストールしてブートさせているので、やめるわけにはいかず、太めの長いケーブルで物理的に離すことで干渉を防いでいる。今度のHDDでも、同じように干渉されると困るので、安全策をとってmicro Type-Bのモデルを選択した。外付けHDDの価格がType-Cのモデルよりも少し安かったのも理由の一つだ。

    買ってから、だいたい2週間くらい経つが問題なし。写真のデータを入れているが、問題は起きていない。写真の取り込みも編集もできているので満足。ただし、iPhoneから4Kの動画を取り込むときは、要注意。HDDの問題ではなく、Macのメモリ使用量が増えていると、取り込みが進まずフリーズしたようになるため。

  • レディ・プレイヤー1

    テレビで、レディ・プレイヤー1をやっていたので、途中から見た。前のCMとかポスターから、色物映画でつまらなさそうと思っていた。見せ場なのかもしれないけれど、いろいろなものがゴチャゴチャと出ていたら、寄せ集めっぽくて敬遠してしまう。実際に見てみた感想は・・・思ったよりも面白い。リスペクトな感じもあり、面白い。だけど、元ネタがわからないと面白さが伝わってこないあたりもあり、予備知識が必要な映画な感じだった。でも、面白い。面白ければ、それでいい。

    やっぱり映画も食わず嫌いはよくないようだ。いや、売り込み方に問題があるのかもしれないけれど。Amazonプライム・ビデオの無料枠じゃなくて、テレビでやっていたから、みたわけで、テレビでやると簡単に見れるので、そういうチャネルも必要だ。そうでなければ、きっとこの先も見なかっただろう。(たぶん、木根さんの1人でキネマの主張のようにだ。みないジャンルは、みる気がないから、見ない)

  • 読了:シン・ニホン

    シン・ニホン、ちょっと前に読み終わった。面白い本だったと思う。

    分厚いけれど、さくさくと読み進められるので、読んでみたらいいと思う。なるほどという考え方もあるし、ざっと読むのにいいと思う。意見の書という感じなので、こういう考えたもあるのかと読む感じ。ビジネス的な部分は、多数引用されている「イシューからはじめよ」を読んだ方がよし。今をどうするか、今後をどうするかという考えが多いので、自分に必要な部分を取り込んでいけばいい。同意できるところ、できないところがあって良い本だろう。

  • ダイヤモンドの「半導体の地政学」が面白かった。

    「週刊ダイヤモンド 2020年6/27号」の特集2の半導体の地政学が面白かった(表紙にデカデカと書いてあるのは、医者と医学部。そっちの方が部数が伸びるのだろう)。アメリカと中国の間での第3次半導体戦争に、台湾のtsmcをめぐる動き。たまにニュースに上る半導体の話だけど、経済雑誌側の視点でみてみると面白い。いろいろな駆け引きがある。技術だけでは、主導権を握りにくいというのがわかる。

    あと、ソニーのCMOSは、アメリカと中国の争いの中で、シェアがどうなっていくのかが気になるところ。いろいろなリスクがあるから、采配は難しいだろうな。それは、ソニーだけに限った話ではないけれど。いろいろなものに半導体が組み込まれるので、争いの行方は本当に気になる。

  • GODZILLA、なんだかんだで見てた

    テレビで、GODZILLA(2014のハリウッド版)をやっていたので見ていた。見る前は、ゴジラの形が、熱線が、とか思って見なくてもいいかな、と毎回思う。でも、見始めてしまうと、なんだかんだで楽しい。でかい怪獣が暴れて戦うのは、見ていて楽しい。それがメーサー戦車が出なくてもだ。軍の動きが映画の主体になるのは、やっぱりアメリカ映画だからなんだろうな。作る人が変われば、主体も変わるわけで、それはそれで面白い。

  • 東京BABYLON―A save for Tokyo city storyを久しぶりに読んだ

    久しぶりに東京BABYLONを読んだら、ハマってしまい一気読みしてしまった。今読んでも斬新というか、それとも90年代前半が今とかけ離れてそう思わせるのだろうか。

    CLAMPは、カードキャプターさくらに慣れてしまったけれど、いろいろな意味でエッジの効いた作品がいい。もちろん、カードキャプターさくらも良いのだけど。いろいろと読み返そう。

  • 読了:ホモ・デウス

    ゴールデンウィークに読み始めたホモ・デウスが読了。長くて、難解で、時間がかかった。

    話は、面白かった。しかし、正直、よくわからなかった、というのが本音だ。いずれホモ・サピエンスからホモ・デウスに進化するにあたり、過去からの考察であり、テクノロジー的な部分での警鐘なんだろう。示唆に富んでいるので、何回か読み返さないと、意図することころはわからない気がする。少し時間をおいてから2回目を読むつもり。

  • 読了:時間とテクノロジー

    読了。とても面白い内容だった。本のタイトルの通り、時間とテクノロジーが主体の内容だった。

    時間は、そもそも時間の概念や過去、現在、未来について。時間の概念は、その生活圏というかコミュニティによって異なるということ。今だけでなんとか生活をできるコミュニティでは、過去も未来もなく、それを表す概念すら無いということ。日本で生活していると、時間や歴史というものが当たり前なので、過去も未来も概念として存在しない部族がいるということは、新しい発見だ。時間の流れがないということは、神話などの見たことのない偶像もない、だけど自然から感じられる精霊のような概念はあると。体感できるものだけが事実であり、それ以外は理解できないと。これは、面白くて、見たこともないことを、聞いて信じてしまうと、現代社会だと、フェイクニュースや詐欺にかかる。実際に体感していないものを信じられるような現代の生活様式だから、そういうものが生まれるのだろう。

    テクノロジーは、いろいろだ。AIだったり、没入感だったり、ナッジだったり。AIやセンサーにより機器の自動最適化が行われると、何も意識せずにいろいろなことができるけれど、没入感はなくなる。機械と一体になっているような感じは確かにしない。iPhoneだと自動でいい見た目の写真が撮れる、写真の構図で個性は出るが色味などは差が出ない。海外のスマホのAIカメラを試してみたことがあるが、気持ち悪いほど、最適化されたセッティングになる。センサーの問題で苦手なシチュエーションはあるが、綺麗に撮れる。ただ個人的には、写真が気持ち悪い。綺麗なんだけど、感性に合わないというか、綺麗だがのっぺりとしていると言うか味がない。AIにより自動化されているので、使いこなす余地が残されていないからなんだ、ということを再認識させられた。本の中にもあるが「面倒な手間こそが、クール。その感覚は、実のところカセットに限らず、二十一世紀の文化のさまざまな局面で浮上してきているように感じます。」ということ。便利な世の中では、あえて手間のかかる製品を選ぶことがクールなんだと思う。

    それから、テクノロジーの続きとしては、ナッジの部分。様々なセンサー技術や行動経済学などの発達により、よりナッジが進化しているということ。AIで行動を分析することで、ナッジを行い、人を誘導することができるようになっている。ただ、その誘導された結果が正しいかどうかはAIには判断がつけられない(知性がない)ので、人間が判断していかなければならないということ。そして、ナッジされているとしても、あからさまな誘導ではなく、さりげない誘導のため「人がナッジされていることに気がつかない」、それが問題だということ。これから先は、誘導の透明性というかAIの分析結果の透明性が求められていく、ということ。

    あと、本文の最後の方で気になったところ。

    P.354 インターネットの並列的な行為が散漫に分断しているように見えるのは、私たちがこれらの行為を時系列で捉えているからです。SNSや映像や文章といった事象に対する並列的な行為を空間的に捉え直してみると、そこには散漫な分断はありません。そうではなく、世界に無数に存在する事象や関係のどのあたりの位置に自分がつなぎ留められ、自分自身から見える世界はどのような空間になっているのかを三次元的に感じるようなテクノロジーが出てきたらどうなるか。そのあかつきには、今この瞬間の感覚は、これらの事象や他者との関係の総体であるということを直感として認識できるようになるでしょう。

    時間とテクノロジー P.354

    確かに今の検索結果はリストなので、散漫のように見えている。もっと空間的な表現で表示できたならば、認識も変わるのかもしれない。3Dモデルのように、表示されて、グリグリと回転できるような見た目になったら、別の発見が生まれるのかもしれない。ただ、現在の人の感じかただと、気持ち悪くてついていけないような気がする。それこそ、電脳化みたいなことにより、テラリウムの中で活動するような捉え方ができるようになったときに、新しい革新になるのかも、と思う。