カテゴリー: 本・DVD等

  • Surface Pro7で使えたアクセサリ

    4Kディスプレイとの接続で相性があった。IOデータの4Kモニタは出力できなかったが、iiyamaの4Kモニタは使えた。フルHDであれば、いまのところ、相性問題には当たっていない。Surface Pro7につなげた時、やっぱりHUBになっている部分が浮いていしまう。もう少しケーブルが長いとよかったかもしれない。

    マグネット式のSurface Pro用のプライバシーフィルター。Surface Pro6用のものもSurface Pro7で使えたけれど、在庫がなかったので後継と思われるものを買ってみた。これでも問題なく、Surface Pro7にマグネットで固定できて使えた。

  • ASUS ゲーミングモニタVL278Hの感想

    Mac miniのモニタとして使っていたテレビが壊れて、完全に画面がつかなくなってしまったので、新しくPC用のモニタを買った。その使用感をまとめておく。

    購入したのは、ASUSの27インチのゲーミングモニタ(VL278H)だ。選んだ理由は、Amazon上で価格が安いこと、PS3も接続するので2系統のHDMI入力がついていること、画面の描画が早いことだ。これ、フレームレスのモニタなのだが、PS3とMac miniを繋げると、Mac mini上でアンダースキャンが行われてしまい、全画面を使用してくれない。たぶん、前のモニタで端がかけるので、アンダースキャンしていた影響だとは思うのだが、アンダースキャンの設定が表示されないので修正できない。画面の映りについては、特に問題なし。フルHD画質ということもあり、文字もくっきりと見える。発色も悪くない。

    しかし、性能としてイマイチなのは、組み立ててみると、モニタを支えているアームが歪んでいるのか右側が数ミリ下がっている。27インチモニタなので、どうしても、左側よりも右側が下がるのが気になってしまう。モニタの本体で傾き補正できるわけでもないので、下がりっぱなしだ。安いからではなく、ASUSだから作りが甘いとしかいいようがない(けちらずにiiyamaにしておけばよかった)。それから、3W+3Wのスピーカーがついているとのことだが、音質がよくない。スピーカーの性能ははっきりといってよくない。ゲームするなら、ヘッドホンをつけるだろう、と言われている気がする。音もそんなに大きくないので、本当に3W+3Wのスピーカーなのかと思う。ある程度の音がほしいなら、このモニタは失敗だ。そもそもPC用のモニタだから、いい音がよいのならフルHDの液晶テレビを買った方が早いと思った。テレビを流用していたのは、意外と利にかなっていたと今ごろになって気がつかされる。

    対して満足はできなかったが、ブログを書いたりする分には十分かつ安かったので、評価として悪くはない。

  • 読了:3月のライオン 15

    今回の3月のライオンは、ちゃんと将棋をしていたので安心した。ここのところ、将棋をさすシーンがなかったので、物足りない気持ちだったので。この巻は、将棋をさしているシーンが多いので、あれることなく、堅実な感じが楽しい。タイトル戦になってほしいけれど、普通の将棋もいい。安定して強いという感じがいい。次の巻が楽しみだ。

  • 読了「デジタル・トランスフォーメーションにまつわる5つの誤解」

    Diamond Harvard Business Review 2019年12月号の記事。

    バズワードのようにデジタル・トランスフォーメーション(DX)という言葉が先行しているが、何をやったらいいのか、ということには大規模な例ばかりの事例の中で、この特集は、企業の身の丈にあうようなことを進めるうえでの良著だった。

    DXは概念的な側面が強いため、これといった絶対的な解はない。ゆえに何をやったらよいのかわからず、とりあえず新しいシステム導入などに走りやすいので、DXの言葉に踊らされずに、まずは自分たちの足元を見直すという意味でも、このDXの誤解について語られた論文はよい。何かディスラプティブなことをやらなきゃならないんじゃないか、という呪縛から解き放ってくれる。DXの言葉に踊らされることなく、本業の課題を考えて、できること、やるべきことを決めてやっていくことが大切だ。

    いくつか気になった部分を抜粋。

    DXの本質は、組織に大混乱をもたらす破壊的(ディスラプティブ)なものではないという。実際は、より段階的なアプローチを使用することで成功している企業が多いからである。

    広くもてはやされている「デジタル・トランスフォーメーション」(DX)という用語の意味は単に、「デジタルテクノロジーが実現する機会を獲得するための、組織的な戦略と体制を導入するということ」である。

    もはやデジタルテクノロジーはIT分野だけの専売特許ではなく、企業のバリューチェーンのほぼすべての部分で導入が進んでいるのだ。マネジャーたちが追い求めるべき機会や優先すべき変革プロジェクトについて頭をめぐらすと、途端にデジタル・トランスフォーメーションが自社にとって具体的に何を指すのか、よくわからなくなる。それも無理はないことなのだ。

    デジタル・トランスフォーメーションといえども、自社の存在理由は変わらないとわかれば、自社がフォーカスを当てるべきテクノロジーを特定しやすくなる。デジタルがもたらす混乱によってコアビジネスの大変革を迫られると思い込んでいるマネジャーは、あらゆる方向に迷走することになる。しかし、自社の課題は単純に、顧客の課題により的確に対応することだと考えるマネジャーは、顧客に与える効果(たとえば顧客体験や顧客関係のシナジー効果)や顧客のコアケイパビリティに与える効果(たとえばコスト面のシナジー効果)が最も大きいテクノロジーに集中する可能性が高い。

    デジタル化がしばしば、非効率な仲介者を外し、コストのかかる物理的インフラを排除できることは間違いない。とはいえ、これはリアルな存在が完全に消えてなくなるということではない。実際には、各種資料で十分に証明されているように、多くの小売業者が、リアルとデジタルのそれぞれの利点を活かした、ハイブリッドモデルの構築方式を見出しつつある。そしてこのことは小売業に留まらず、消費者を相手とする他の業界でも同じ流れを確認することができる。

    企業はしばしば、スタートアップを買収し、それを統合することによって新たなテクノロジーやアイデアを利用しようとする。しかし、このアプローチには、スタートアップの文化を潰し、その企業が創生期に獲得した人材を追い出してしまうリスクがある。賢明な企業は、スタートアップとの間で折衷的な関係を築くことを選ぶ。つまり、学びやシナジー効果が得られる程度に強固で、文化を壊さない程度に緩い関係だ。そして、たとえそのスタートアップの所有権を握るとしても、彼らに半独立的な事業運営を認めるのである。

    マネジャーはしばしば、デジタル・トランスフォーメーションとは、主にテクノロジーの変化に関係するものだと考える。もちろんそれもそうだが、賢明な企業は、変革とは最終的には顧客のニーズによりよく答えることであると考える。その手段としてオペレーションの効率化、マス・カスタマイゼーション、新たな商品・サービスの提供が必要だということだ。このような目的を実現するため、デジタル化は、従来縦割り化されていた活動の横の連携を可能にする。そのため、企業は多くの場合、人員とテクノロジーの両方の再編成を迫られる。実際問題として、これは体制の変化を意味する場合がある。たとえば、敏捷性の高い体制(アジャイル体制)が有効な状況ならば、プロジェクトを最初から最後まで遂行するのに必要な能力と権限を持つ分隊を社内で立ち上げる。分隊はチームの一種ではあるが、起業家的なスタイルで重要な問題を迅速に解決する権限を与えられているという点で、一般的な大企業のチームとは異なる。

    デジタル・トランスフォーメーションでは、最終的に、顧客には見えないバックエンドのレガシーシステム刷新が必要になる場合がある。しかし、いきなりITシステムの全面的かつ徹底的な見直しに着手するのは、非常に危険である。賢明な企業は、顧客に見えるフロントエンドのアプリケーションを速やかに開発しつつ、レガシーシステムをモジュラー型の敏捷なシステムに徐々に置き換えていく方法を見つけ出す。これはたとえば、フロントエンドとバックエンドを結ぶミドルウェアインターフェースを構築したり、事業部門に目下必要なソリューションの導入を認めたりする一方で、バックエンドのシステム改革を抜け目なく進めるといった方法で実現できる。いずれレガシーシステムの機器は役目を終えるが、顧客ニーズへの対処方法を改善するにあたり、それを持っている必要はない。

    たとえ混乱の脅威をまともに受けている企業であっても、デジタル・トランスフォーメーションは多くの企業にとって、通常は提供価値やビジネスモデルの抜本的な再構築を意味するものではない。むしろ、デジタルツールを使ってコア業務を改革することと、デジタルがもたらす新たな機会を見つけてとらえることの両方を意味する。

    成功の秘訣は、顧客ニーズに対するフォーカス、組織の柔軟性、斬新的な変化の尊重、そして新しいスキルやテクノロジーは買収するだけでなく保護しなくてはならないという認識である。そしてこれらは、優秀な従来型企業が昔から得意としてきたことなのだ。

  • 読了:2030年の世界地図帳

    読了。SDGsを主軸にして、いろいろな視点で世界の状況や向かおうとしている先が書いてある。一つ一つは深くはないけれど、地図帳としての俯瞰的な視野を与えるには、このくらいライトな方がいい。資料のインデックスもついているので、気になれば元の資料を見ることもできる。SDGsのピンバッチをつけている人は見たことがあるが、それが何かまでは知らなかったので、知ることができてよかったと思う。

    それから図が多めなのもよかった。図から読み取れること、考えることもできる。未来のことは少なめだけど、現状などを知るにはよい。ページ数は多めだけれど、図やインデックスも多いので、さくさくと読み進められた。

  • 読了:世界が変わる「視点」の見つけ方

    広義のデザインという視点から、物事の整理やアイデア出しの方法を述べている。その中でも、“自分事化する”、“ノイズ”、“疑う(問題の本質を探る)”、“「勘」と「感」”という4つは重要。その中でも、最初のステップにして重要なのは、”自分事化”のところだ。いかに物事を他人事ではなく、自分事として考えられるようになるか、物事を置き換えて自分事にするか、というのは簡単そうに見えて本質を捉えるのが大変だ。その上で、あえてノイズとなるものも必要(セレンディピティなどにつなげたりするためにも)。自分事化をしても、問題が自体がシフトしている可能性もあるので、問題の本質をさぐるために疑ってかかるなど。

    そして最後は、経験の積み重ねなどからくる「勘」と「感」は大事だということ。これがきかないと、無機質な単純なデータ分析の結果と変わらない。特にこの先、AIなどが発達し分析が高度化すると、それこそ「勘」と「感」が重要になってくる。この点は、多いに同意だ。たとえそれがAIと同じ結果になったとしても、分析結果や施策がよいかどうかは人によって判断されるべきであるし、その方が最終的な精度は上がるのではないかと。そのためにも、物事の見方を変える視点というのは重要だし、そのスキルを身につけることは重要だと思う。

    いくつか気になった部分をメモのために引用。

    P.74 自分事化とは、その問題を社会的なものとしてではなく、自分の側にひきつけて考えること。その問題のどこに自分との接点があるかを見つけることです。あらゆる分野で成功している人たちは、まさに問題となる対象を自分事化できている人たちです。僕自身も、すべてのプロジェクトで必ず最初に考えることは、どこに自分事化する接点があるか、ということです。自分事化しないで始めてしまうと、リアリティを伴った説得力のある答えが導き出せないのです。 とはいえ、いうほど簡単なことではありません。僕でも仕事の対象商品が、たとえば女性ものですと、なかなかすぐに自分事化できません。しかし、それでもまず商品に向き合ってみる。その時の感覚が、自分の中にある別の体験に置き換えられれば、それがリアリティをつかむきっかけになります。

    P.172 技術的特異点といわれる「シンギュラリティ」を迎え、AIが社会を動かす時代が来たら、人間の脳の容量で考えるロジックは、あまり大きな意味を持たなくなるのではないでしょうか。ということで、大きく一回りして、今度はまた、もっと根本的で動物的なことが大事になるではないか、と予測しています。ロジカルに解析できない人間の身体的感覚というものこそ、最も重要になると思います。 僕が「勘」と「感」にこだわるのは、そのような文脈においてです。「勘」と「感」が大事だというと、その背景を飛ばして「なんだ、深く考えないでいいんですね」となりかねませんが、そうではないのです。「勘」と「感」を鍛えることに、ショートカットはありません。そのためには、経験を重ねることが、何よりも大事になります。

  • 読了:Learn Better

    ちょっと前の話になるが、「Learn Better」を読み終えた。とても興味深く面白かった。

    この本を読んでみて変わったことといえば、何かを学ぶ(調べる)ときに意図的にLearn Betterのいう5段階を意識するようになった。全部を意識するのではなく、無理のない範囲でできる「目標を設定する」「関係づける」「再考する」を行うことが多い。

    • 目標を設定する
    • 能力を伸ばす
    • 発展させる
    • 関係づける
    • 再考する

    目標は高くもたず、いま必要な最低限のレベルをハードルとして設定したり、関係づけとして、日常生活や仕事にどう関連するのかを考えたり、やった内容の振り返りを行ってみたりなど。それ以外にも、学習ハックとしても本の内容は使えている。そして、長期記憶としてや知恵としての定着化は、なかなか大変だ。とはいえ、意識しないよりも、意識して取り組んだ方が定着しやすいのも確かなことである。

    この本は、自分で学習するときのも使えるし、人に教えてるとき(子供に教えたりするとき)のコースを考えることにも使える。この本はおすすめ。

    以下は気になったところを引用。

    P.27  学習活動がすべて段階的なアプローチを必要とするわけではない。例えば車のタイヤ交換の方法を学ぶのに、これから説明する手順に従う必要はない(役には立つかもしれないが)。だがもし知識を深める価値のあるスキル、つまり習熟する価値のあるスキルであれば、その専門知識を身につけるために体系的なアプローチをとる必要がある。次の手順だ。

     価値を見いだす:学びたいと思わなければ学ぶことはできない。専門知識を習得するには、そのスキルや知識に価値があるとみなさなければならない。さらに、意味付けを行わなければならない。学習とはすなわち対象の意味を知ることである。

     目標を設定する:知識を習得する初期の段階においては、集中が重要だ。何を学びたいのかを厳密に見きわめて、目的と目標を設定しなければならない。

     能力を伸ばす:練習にも、他人と差がつく力をつけられるようなものがある。学習のこの段階では、スキルを磨き、パフォーマンスを向上させることに特化した手段を講じる必要がある。

     発展させる:この段階では、基本から踏み出して、知識を応用したい。スキルと知識に肉付けして、より意味のある形の理解を形成したい。

     関係づける:すべてがどう噛み合うかがわかるフェーズである。私たちは結局、個別の事実や手順だけを知りたいのではなく、その事実や手順が他の事実や手順とどう関わり合うかを知りたいのだ。

     再考する:学習には間違いや過信がつきものだから、自分の知識を見直し、自分の理解を振り返って自分の学習したことから学ぶ必要がある。

     これらの段階すべてに通じるテーマがいくつかあり、本書で繰り返し取り上げる。一つは、学習とは頭を働かせる「活動」という面が強く、積極的に関与するほど学びも深まるということだ。新しいテキストを読んでいるときは、自分に問いかけをしよう。このテキストは何についてのものか?筆者が伝えたいポイントは何か?わかりにくいと思われるところはあるか?
     同時に、学習を管理してほしい。フィードバックをもらっているだろうか。自分のパフォーマンスをベンチマークしているだろうか。スピーチするなら、自分の動画を撮ろう。作文を書くなら、友達に読んでもらおう。スペイン語を学んでいるなら、ネイティブと会話しよう。学習するとなったら、学習の目標を設定して、何を習得したいのかを正確に知っておく必要がある。

    P.27

    P.104 これはその道に習熟した人の代表的な特徴であり、どんなプロもサックスバーグの言う「パターン認識力」を備えている。パイロットから建築家まで、バスケットボール選手からミュージシャンまで、専門家が物を考えるときは素人よりもつながりや関係性が見えている。彼らの長期記憶は個々の特徴ではなく結びつき、事実情報ではなく体系に根を下ろしているため、まるで占い師のごとく、あるいは「歩くデータ解析機」のごとくに、問題の表面的な特徴に惑わされず核心の課題を見通せるのである。

    P.104

    P.110 学習が進むと、意味というシステムに接続できる情報が増えていく。知識が他の知識と交わって溶け込んでいく。スキルが他の知識を支え、やがて、長期記憶に助けられて、私たちは習熟していく。専門知識は「長期間使われるうちに無意識化するのです」とクラークは語った。「無意識化のプロセスのおかげで『思考に使うスペース』が空くので、短期記憶を容量オーバーさせずに新しい学びを受け入れることができるのです。」
     結局はやはり「教育者の価値」に戻るが、学習にはテーマを熟知し説明のノウハウを持っている教師が必要だ。だからその分野の専門家だからというだけで先生を選んではいけない。そのテーマを教えた経験があり、主要なスキルや概念の説明のしかたを心得ている先生を探すべきだ。また、専門領域の根底にある思考を解き明かし、わかりやすく絞り込んだ形で説明している教材も必要である。

    P.110

    ・P.126 私自身も長年にわたってポモドーロ・テクニックを使ってきた。それは自己効力感を高め、自分なりの試行錯誤を管理する方法で、おかげで何かに習熟するには管理が必要だとつくづくわかった。私たちには、専門知識に取り組むうえでつきものの注意散漫や未熟な間違いを乗り越える方法が必要だ。スキー選手のジム・テイラーがそれをうまく表現している。テイラーいわく、学習とは「心の目で成功を実感すること」である。

    P.126

    ・P.149 このようなフィードバックが価値を持つ分野はバスケットボールにとどまらない。その大きな理由は、自分のミスにはなかなか気づきにくいことである。モニタリングしていてさえ、ミスのすべては発見できない。これが学習の本質、知識の本質であり、ここでもまた「教育者の価値」を思い知らされる。的を絞ったフィードバック、外部からの判断をしてくれる他社が必要なのだ。

    P.149

    P.164 この分野の研究で最も重要なのは、脳が新しい構造を作っていく具体的なメカニズムだ。脳はどうやら知的な苦労に対処しようとするときに白質を作るらしい。自分が知っているおととできることの間に大きなギャップがあると、脳はそれに対処しようと構造を変化させる。最近、ドイツの研究者グループがなぜそのようなことが起きるかについて新しい解釈を唱えた。「需要」が脳の「供給」をオーバーしたときに新しい神経構造が創り出されるのだという。
     フーは取材で、脳は学習の機会に反応するのだと述べた。過酷な状況に出会うと、脳あhその事態に立ち向かう。「脳はその事態への対処法を最適化するのです」とフーは語った。「何かをたくさん行うと、脳は『これは重要なのだ』と考え、うまくこなせるようになる戦略を開発します」

    P.164

    P.298 「学生なら誰でも詰め込み勉強はするなと言われたことがあるだろう」とその記事は述べていた。「学習の間隔をコントロールすることによる効果は非常に大きく、成果の向上が明らかに期待できるので、分散効果が発表された直後から、心理学者らは教育者に活用を促してきた」

    P.298

    P.305 大事な試験で好成績を取りたい?それなら試験勉強を早く始めて時間的に分散させ、数週間おきに自己テストを行って教材の知識を確実にしよう。我が家では、宿題を平日の夜に軽めにやり、週末に重点的にやるようになった。学習を分散させるという単純な理由からだ。

    P.305

    P.312 静かに熟考できる環境作りに積極的に取り組む組織も出てきた。環境作りに重要なのはIT技術の制限だ。携帯電話の持ち込みを禁止した大学がいくつかあるほか、フランスでは保育園でWi-Fiを制限することまでしている。「沈黙」部屋を設けた組織もある。ボルチモアにあるグルーヴというマーケティング専門のスタートアップ企業は「おしゃべり禁止」ルールのある図書室を設置した
    ハイテク企業グーグルも同様で、同社は仕切りのないオープンフロア型オフィスで知られるが、社員が真剣に集中しなければならない場合には個室を予約するよう奨励している。

    P.312
  • 読了:IT負債

    まとめると、IT負債とは、ITシステムの技術的な負債のこと。古い技術を使っていること、DB中心でシステムが密結合しているために、保守や改修にとても工数がかかる。これが日本ではITシステムのコストの8割、アメリカだと6割を占める。DXに対応していくために、密結合の巨大システムから、もっと小さい単位のマイクロサービス化して、1つの改修がシステム全体に影響を及ぼさないようにすることで、開発速度をあげていく。マイクロサービス化することで、システム間を疎結合にしていく。また、マイクロサービスの利用にあたり、API化していく。マイクロサービス化、API化は、アメリカでは潮流であり、不可逆な流れになっている。そのとき、クラウド化(シフト)するのではなく、クラウドに最適化(リフト)していくことが求められている。

    マイクロサービス化は、わからなくもない。ただ、どこまでマイクロサービス化するのかは議論の余地がありそうだ。いまどきの技術者の場合のマイクロサービス化だと、本当に細かい単位で、かつサーバレスでの動作というイメージがある。でも、レガシーシステムを抱える企業の場合は、そこまで小さくしたいわけでなく、ある機能の単位でわけていくくらいがちょうどいいと思う(単機能のシステム)。そして、それを疎結合させるだけでも、足枷がゆるくなるはず。あと、マイクロサービス化するとき、開発をするときの言語選びやフレームワーク選びも重要。流行りに合わせていると、結局、保守しないといけない開発言語や環境の数がふえていく。だからといって、固定にしてしまい、選ぶものを間違えると、人は集まらない。どっちかっていうと、常に新しくしつづけていく必要があり、そこにコスト(人など)をかけるということが大事だと思う。それが一番重要。

    以下は、気になったところを抜粋。

    P.5 本書のタイトルである「IT負債」とは、「ITシステムの技術的負債」のことを指している

    IT負債

    P.5 技術的負債が重いほどIT費用は「ランザビジネス」(現在のシステムを維持していくため)に使われ、その割合は日本では8割、米国では6割という統計値がある。

    IT負債

    P.23 IT技術者の視点で見ると、DXの本質はデジタル化にある。デジタル化とはデータ化であり、データはソフトウェアで処理するため、「ソフトウェア化」と言うこともできる。

    IT負債

    P.44 従来のシステム設計の根本思想は、データベースを中心として、トランザクションを活用しながら他システムと連携するというものだ。これが密結合のシステムを生む根本原因である。そして、密結合であることが様々な問題を引き起こしている。

    P.69 2019年にエストニアを訪問した際、彼らの国のシステムの中核にある「X-Road」について説明を受けた。X-Roadでは、個人の情報を分けてデータベース化し、分けたデータベース単位でサービス化していた。新たなサービスを立ち上げる場合は、そのサービスを提供する企業に対して厳しいセキュリティ要件を確認するとともに、必要なデータをすべて提供するのでは無く、最低限必要な情報に限定し、API接続にて提供している。

    P.135 大きな問題として、DXレポートでも指摘されているが、アジャイル型開発の場合の契約形態がある。常駐型でユーザー企業を支援していく場合、ユーザー企業の社員とITベンダーの社員が、適切な指揮命令系統に従って活動しないと派遣法に抵触する恐れがあるからだ。通常、ITベンダーとユーザー企業は、準委任契約を締結して業務を行うので、法的には受託契約の形態をとっている。

    P.186 特に2018年は「マイクロサービス」をキーワードに有識者へのヒアリングを行った。クラウドベンダーは「リフト」(クラウド移行)よりもコスト削減効果の著しい「シフト」(クラウドネイティブ化=マイクロサービス化)に重点を置き始めている。この点は2017年に訪問したときと相当変わってきている。

    P.193 米国では、モノリスシステムからマイクロサービスへの移行は、SoEやSoRに関係なく、ソフトウェア開発技術の基本技術の変化として捉え、急速な変革が進んでいる。また、新たな技術の適応に関して、不可逆な方向転換が起こっていると思う。

    P.223 米国の企業にマイクロサービスの規模について尋ねると、異口同音に「テストケース数」という答えが返ってきた。確かに、新たなマイクロサービスを開発する場合、追加された論理パターンの数(テストケース)が実際に必要な開発量やテスト量と強い相関を持つことは想像に難くない。

  • となりの芝は大して青くない

    週間東洋経済の給料特集を読んだが、隣の芝生は対して青くなかった。

    上場企業の生涯年収は思っていたよりも高くはない。推計なので、当然もっと多くもらっている人も多いだろう。それにしても、魅力的とは言えず。ただ、日本型の企業の場合は、この特集に表れていない福利厚生が手厚く、その影響で生涯年収以上の価値があるのかもしれない。

    また、転職での給与アップもそんなに上がらない。技能によっては大幅アップ。元の年収が低いのでアップ幅としては大きいが、そんなに高給になるわけでもない。なんというか、日本の給与は高くないのだな、とい認識を改めてした。上場企業、公務員を含めて、全体的に生活が厳しい世の中なんだなと。総中流社会というよりも、中低社会な感じだ。ダブルインカム前提じゃないと厳しいとい実態じゃないかと思う。

    外資系のIT 企業と比べると夢がない。これが日本の現実なんだろう。

  • 読了:シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略

    「シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略」は、とても面白かった。そして、企業のSNS運用を考えるうえでの示唆が多く含まれていた。SNS運用というと、どうしても個性的な中の人や経営者の瞬発力のある発言が目立ってしまう。そのような方向性ではなく、日々、何を行なっているのか、何を気をつけているのか、それが現場のレベルとして、いろいろと書かれていた。本の中心にあるのは、美術館としてのSNSでのマーケティング戦略であるし、そこも面白い。特に森美術館は、写真撮影OK、SNS OKという、今はまだ珍しいスタイルで、そこにまつわる苦労についても面白かった。

    それから、施設や内容にもよるのだろうけれど、来館のきっかけの60%がインターネットからの情報だという。ほぼ外にいて、テレビをみないのだから、情報源はSNSによっていくわけで、これに対応していくことは必然か。そういう時代だからこそ、プロモーションの打ち方は重要だし、年々変わるトレンドに追随していくのは、人を育てて、自前でやっていくしかない。外だししても、シルバーバレットはないだろうし。

    この本は、短時間でよめて楽しい本だった。あと、本の中で気になったところの一部を引用。

    P.27 およそ60パーセントの来館者がスマートフォン・パソコン、つまりインターネットからの情報をきっかけに来館しています。チラシ・ポスターなど、紙をきっかけにして来館した来館者は、わずか20パーセント弱にとどまっています。
     さらに「インターネット」と答えた方の内訳を見ると、なんとウェブサイトを抑えてSNSをきっかけに来館した方が一番多いことがわかりました。
     いかにSNSが、展覧会に出向く動機になっているか。美術館側からしてみれば、展覧会の動員において欠かせないツールになっていることが、このデータからよくわかると思います。

    P.52 SNSはインターネットを介した、相手の顔が見えないコミュニケーションですが、先ほど述べた通り、画面の向こうには一人ひとりのユーザーがいます。ある意味では最前線の接客業ともいえるのです。
     ですから、その企業の現場をよくわかっている人がSNSを運用したほうがよいと、私は考えています。お客さんの気持ちがわからないと、一方的な投稿をしてしまったり、最悪「炎上」したりと、思わぬトラブルになる可能性もあります。顧客対応のスキルはSNS上で活かせるのです。

    P.135 美術館という文化施設の性質かもしれませんが、炎上することはほとんどありません。ただし、ブランドやレピュテーション(評判)を守るためにも、SNSに投稿するときに気をつけている話題があります。それが次の4つです。
    1 政治や思想についての個人的な感想
    2 スポーツ(特に試合結果など)についての意見
    3 宗教について
    4 性について

    P.166 森美術館のSNSのゴールは、来館してもらうという目的ただひとつです。なので、美術館のレピュテーションを安易なSNS運用で下げるわけにはいきません。コツコツ信頼を積み上げて、将来的にユーザーに来館してもらう道を選びました。 また、「中の人」が自由に発言する企業アカウントには、問題がひとつあります。それは、その人のセンスに頼ってしまうということです。つまり属人化してしまう、ということです。 多かれ少なかれ、SNSの管理者の個性は出てしまうもの。しかし、担当者が変わったら成り立たないほどに属人化してしまうのは企業側にリスクがあります。

    P.184 とりわけ地方のミュージアムは、少子化、高齢化の影響で来館者が年々減少し、人手も予算も不足しているところが多いようです。
     しかし、そうしたミュージアムこそSNSを活用してほしいと思っています。新たに人を雇う必要はありません。目立とうとする必要もありません。いまいるスタッフが、実直に、日々のことを背伸びしないでルーティーンワークで投稿していけばいいのです。