毎回楽しみにしていたジャンプ+のバンオウー盤王ーが連載終了してしまった。
棋譜的なものは、ほぼ出てこないけれど、シリアスとアホっぽさが同居している感じで面白かった。ある意味「ヒカルの碁」の幻影っぽさもあるのだけど、幽霊よりか吸血鬼というアイデアがあったか、と思った。長い長い時間をかければ・・・という夢物語でもある。なんだかんだで楽しかった。
そういえば、最近は将棋漫画が増えた気がする。多少の無茶をしても現実のほうが非現実的な活躍だからだろうか。
読了。面白かった。行動学寄りとか脳科学寄りと思っていたのだけど、読書と労働の関係の話だった。ストレートな解を返してくるのがスマホで、読書はいろいろな情報が入ってくるので、疲れるとその気になれない、と。
趣味としての読書と、情報収集としての読書。情報収集の読書は必要にかられてやる。いまは、スマホでネット検索したほうがストレートで必要な情報だけを見れるので、楽なスマホに流れがち。働く時間が長くて疲れていると、楽なほうがいいので、本を読まなくなると。わかる気がする。この本ではふれられていないが、脳科学的なスマホが与えてくるフィードバックの報酬のことを考えると、使えれているときはどうしてもスマホの誘惑に負けてしまう。体力だったり、精神的な余裕がないと、本は読めない。漫画でもちょっと重めな内容理解にパワーを使うものはダメだもの。
明治以降の労働と読書の関係は、面白かった。こんな変遷があるのかと。本を読む、本を読まねばならない、という習慣を見に付けてしまっていたので、時代によって位置づけが変わるとは考えたこともなかった。深く考えずに、読み始めて、意図していなかったことに出会えるというのも読書の良さだな。
気になったのは、P.20の「あなたの『文化』は、『労働』に搾取されている」とそれに続く「現代の労働は、労働以外の時間を犠牲にすることで成立している」というところ。文化的なことには、やはり時間と余裕が必要なのだ。結論も含めて、他にも面白いところがあるので、読んでみると良い。
読了した。デジタル社会と向き合っていくためには、「倫理(=エシックス)」の考え方が重要だという話。社会実装やビジネスを考える上で「倫理(エシックス)」的でないと、受け入れられないし、発展も難しい。これはある意味、アート思考とも近くて、法で規制されていないからOKではなくて、倫理的にヒトに受け入れられるだろうか、ってこと。
それから、本書の中では、カタカナ言葉のデジタルエシックスやエシックスばかりが使われている。日本語の情報倫理とも、なんとなく、ニュアンスが違ってくるので、やっぱりカタカナ言葉の方が最終的にはしっくりくる。でも、なんか常用する言葉ではないので、わかりにくい。でも、倫理だともっと堅いというかなんというか。やっぱり、デジタルエシックスなんだろう。
海外事例のところで紹介されているデジタルエシックスを考えるフレームも参考になるのでいい。それをどう使って、どのようなサービスや考え方に落ち着いたのかなども。
完全な余談だけれど、某国の企業を信用できないのは、エシックス的ではないという直感があるから、だろう。ついでにイーロン・マ○クも、同じ理由で、個人的にはダメだ(変革とかやってきた業績は素直に認められるのだけど、根源的には信じられない。)。あとはソフトバンクも同じ部類だ。
発売から間もないムック本なら、比較的新しい情報がまとまっているか、と思い買ってみた。
最初の方のページについては、ある意味、期待通りだった。ざっと、こんな感じでCopilotを活用していくイメージが載っていた。知らなかったこともわかった。例えば、EdgeでPDFを開けば、そのPDFの内容に対して、Copilotで要約をできたりとか(ただし、ローカルのPDFのファイルを開いても、クラウド上へデータ送信を許可しないとCopilotの機能は使えない)。
期待はずれだったのは、Copilotについて書かれているのは薄い本の中の半分くらいもない、ということ。途中から他のAIだったり、そもそもAIなのか?というようなツールの紹介ばかりでつまらなかった。