読了:教育とは何か

面白かったけれど、前半が難解であった、全部読み終えたけれど、前半はよくわかっていない。人類学から教育と見つめた本、でいいのだろうか。

読んでなんとなくわかったから、というのもあるのだろうけれど、4章の「人類学のアート」は面白かった。脱文脈化がアートだったりすると。感覚的につながりのない、切り離されたものがアート。地続きで詳細なものもアート。いろいろな考えかたや感じかたがあり、そういうものでしか伝えられないものもあるから、教育にもつながるという。

それから、STEMをネオリベラル(新自由主義)と捉えている、ということ。STEMに対して、深く考えたことはないけれど、背景ややっていることを考えると、ネオリベラルになるわけか。そもそもカタカナ単語の時点で、単語として捉えて、考えることを放棄しがちなので、そうなるわけだが。この本でも、STEMと略語にした時点で、愛着なども失われていくとしている。STEMが効率化と経済成長化における重要な知識やスキルを身につけるものなので、ネオリベラル(新自由主義)としての「市場介入による効率化と経済成長」は方向性が一致している。言われてみるとわかるが、いままで考えることはなかったと反省。STEMに、アートを足して、STEAMにしたところとて、あまり変わらない。もしかしたら、今の歪な世界は、もっと人類学よりのもっと文化的な何かを考えないといけないのかもしれない。経済成長が一番いいというわけでもないわけなので。

「共通善のための大学」も良かった。キャリア形成としての大学ではなく、もっと探求の場としての存在は必要。そのとおりだと思う。研究はリサーチ、繰り返し探索(サーチ)で、研究(リサーチ)という。なにかしっくりとくるものがある。何を、ではなく、どうやってという意味で、腑に落ちる。今は、研究費のために、成果のインパクト(衝撃)が求められるけれど、そうではなくて、個人としての探求の繰り返しが研究であるので、新規性とは関係なく、やりたいようにやるべきなのだろう。まぁ、それだと研究者としては生きていけないので、新規性というインパクトが必要なわけだが。

いろいろと面白かった。

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